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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1772号 判決

控訴人

豊田久三郎

右訴訟代理人弁護士

鈴木一郎

綿織淳

浅野憲一

高橋耕

笠井治

佐藤博史

黒田純吉

被控訴人

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士

浜田脩

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決五丁表六行目の「三」を「(三)」と、一〇丁裏二行目の「原告」を「被告」と各訂正する。)。

(控訴人)

一  最高裁判所昭和五九年一二月一三日判決(民集三八巻一二号一四一一頁)は、公営住宅法・東京都営住宅条例が民法・借家法と特別法と一般法の関係に立つことを前提としつつも、公営住宅の使用関係についても民法・借家法、ひいては信頼関係の法理の適用があることを明らかにし、公営住宅法・東京都営住宅条例所定の明渡請求事由があれば、機械的・形式的に明渡請求が認められるべきものとした原判決について、公営住宅の使用関係に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるものとした。すなわち、右判決は、公営住宅法・東京都営住宅条例と民法・借家法とは単純な特別法と一般法の関係にあるのではなく、公営住宅の居住者にも一般借家並みの居住権を保障するべく民法・借家法に基本法としての性格を与えたものである。かくして、公営住宅の使用関係についても一般借家と同等の保護を与えるべきことが明らかとされたのである。

そして、建替を理由とする明渡請求は、自己使用の必要を理由とする解約申入れと実質的に同じというべきであるから、この場合借家法の「正当事由」による解約の制限を受けることとなるのである。本件において、公営住宅法所定の要件の存在を形式的・機械的に判断すれば足りるものではなく、明渡請求の具体的・個別的妥当性、相当性が判定されなければならないものである。

二  本件建替事業は次のとおり正当事由に欠けるものである。

1  公営住宅の建替も国の住宅政策の最も重要な住宅建設政策の一環として実施されるものであり、住宅建設に関しては住宅建設計画法がこれを規律するが、同法六条は、都道府県は、建設大臣の定める地方ごとの住宅建設五箇年計画に即して当該都道府県の住宅建設五箇年計画を作成すべきものとしている。

同法に基づく国の住宅政策は現在、昭和五五年から昭和六〇年までの第四期住宅建設五箇年計画により行われている。同計画においては、住宅の質の向上と住宅ニーズの多様化への対応が重視すべき施策であるとされている。すなわち、量の確保を目的とした画一的な住宅建設ではなく、居住者の多様な要求に応じうる、質的にも高度な住宅の建設が行われなければならないとするものである。

被控訴人の都営住宅建替事業においても右の観点は貫かれねばならないことは当然である。

2  公営住宅建替事業は昭和四四年の公営住宅法の改正により新設されたものであるが、右改正案が審議された同年四月一一日開催の衆議院建設委員会、同年五月一五日開催の参議院建設委員会において、また右法改正に伴う東京都営住宅条例の改正案が審議された昭和四九年一〇月九日開催の東京都議会においてそれぞれ建替事業の実施に当たつては入居者の納得を求めるものとする附帯決議が採択され、同事業の実施には入居者の納得を得なければならないとの規範が確立した。被控訴人は、公営住宅の建替事業を実施するに当たつては、計画の当初から建替後の住宅に居住が予定されている入居者の意思が計画に反映するよう入居者の同意を得なければならないのである。

本件建替事業は入居者の納得を得たものではなく、右規範に違反しているものであつて、同事業に正当事由はない。

(被控訴人)

一 前記一で控訴人が引用する最高裁判所判決の事案と本件とは事案を異にする。また、右判決で問題とされている信頼関係の法理と借家法一条の二の正当事由とは適用場面をそれぞれ異にするものであつて、これを同列に論ずるのは失当であり、右判決も公営住宅の使用関係に直接借家法の適用があるとしたものではない。

二 前記二の都営住宅の建替事業に入居者の納得が必要であるとの主張は争う。

理由

一当裁判所も被控訴人の請求は理由があり正当として認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは原判決理由説示と同一であるからこれを引用する(ただし、原判決一九丁裏一〇行目の「甲第一〇号証」を「甲第一二号証」と訂正する。)。

1 控訴人が主張一で引用する最高裁判所判決は、「公営住宅法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるが、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があり、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理の適用があるものと解すべきである。」としているものであつて、右判例の事案に適用された公営住宅法二一条四項、二二条一項四号、東京都営住宅条例一五条四号、二〇条一項五号の各規定が信頼関係の法理の適用を排斥する特別な定めに該当しないものとして同法理の適用を肯定したものであることは明らかであり、右判決をもつて、公営住宅法二三条の六に基づいて公営住宅の明渡を請求するためには、同法の定める要件の外に、借家法一条の二所定の要件を具備することを要する旨の控訴人の主張を支持するものということはできない。蓋し、公営住宅法三章の二の諸規定は、公営住宅の供給の促進という公共性及び居住環境の整備という入居者の利益を目的として、入居者の個別の事情に影響されることなく、画一的かつ迅速に建替事業を行えるものとするとともに、これについて入居者の保護を図るため、それなりの相当の措置を講ずるものとしているといい得るのであるから、同事業の施行に伴う明渡請求に借家法一条の二の規定が重ねて適用されるものではないと解すべきである。

2  控訴人はまた本件建替事業が入居者の納得を得て、行わなければならないとする規範に違反したものである旨主張するが、控訴人主張のような住宅建設五箇年計画又は議会ないし委員会の付帯決議が存在したとしても、それにより右規範が確立するはずのものではなく、右主張は採用できない。

二以上の次第で、原判決は相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中永司 裁判官豊島利夫 裁判官加藤英継)

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